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東京地方裁判所 平成2年(特わ)2103号 判決

本籍

群馬県桐生市末広町甲一一六二番地の一

住居

東京都豊島区西巣鴨一丁目一九番一七号

医師

山口明志

昭和九年一月一日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、当裁判所は検察官立澤正人、西村逸夫、北原一夫、弁護人高田治、神宮壽雄、島村芳見各出席の上審理し、次のとおり判決する。

主文

被告人を懲役二年及び罰金二億三〇〇〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金六〇万円を一日に換算した期間(端数は一日に換算する。)

被告人を労役場に留置する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、医師で東京都豊島区内で病院を経営するものであるが、かねて親交のあった代議士より紹介をされて仕手筋の人物と知り合い、その治療に当たるなどして交際を深めるうち、同人から株取引を勧められ、その情報に従って株売買を行ったところ多額の利益を得たことから、以後大量に株取引を行うようになり、右仕手筋の人物から勧められた銘柄や証券会社から推奨された銘柄の株式を市場で売買したり、同人物から指定されて市場で大量に買い付けた株式を同人に直接売却したり、あるいは同人から買った株式をその後そのまま高値で買い取ってもらうなどして、営利を目的として継続的に株式等の有価証券の売買を行い、多額の利益を得るところとなった。

しかし、被告人は、右の株式等の売買による所得を隠して自己に対する所得税を免れようと企て、株売買を家族、病院関係者等の他人の名義で行うなどの方法により株売買による所得を秘匿し、それを所得税の申告に当たって一切申告しないこととした上、

第一  昭和六一年分の実際総所得金額が一億六四五三万九二一七円(別紙一の1の修正損益計算書のとおり)であったにもかかわらず、同六二年三月一四日、東京都豊島区西池袋三丁目三三番二二号所轄豊島税務署において、同税務署長に対し、同六一年分の総所得金額が三〇九八万六〇七五円で、これに対する所得税額はすでに源泉徴収された税額を控除すると一五〇七万五四三七円の還付を受けることとなる旨の虚偽の所得税確定申告書(平成三年押第二三五号の1)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって不正の行為により、同年分の正規の所得税額七四七九万一〇〇〇円と右申告税額との差額八九八六万六四〇〇円(別紙二の1の脱税額計算書のとおり)を免れ

第二  昭和六二年分の実際総所得金額が一二億五二八六万一七八一円(別紙一の2の修正損益計算書のとおり)であったにもかかわらず、同六三年三月一五日、前記豊島税務署において、同税務署長に対し、同六二年分の総所得金額が一九〇〇万四六〇一円で、これに対する所得税額はすでに源泉徴収された税額を控除すると一九二三万五六四一円の還付を受けることとなる旨の虚偽の所得税確定申告書(前同号の2)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって不正の行為により、同年分の正規の所得税額七億一八七九万九五〇〇円と右申告税額との差額七億三八〇三万五一〇〇円(別紙二の2の脱税額計算書のとおり)を免れ

たものである。

(証拠の標目)

判示全部の事実について

一  被告人の当公判廷における供述

一  被告人の検察官に対する各供述調書(平成二年一二月六日付、同月七日付、同月一〇日付を除く一八通)

一  滝瀬聖司、澤田裕次、馬場宏光、宮崎文隆、山本保、石川康夫、小谷光浩(三通、いずれも謄本)、安田正幸(謄本)、高野弘一(謄本)、山口節子(三通)、加藤光男、山口隆久、斉藤龍彦(本文四枚綴りのもの)、星野晴美(本文四枚綴りのもの)、稲村利幸(謄本)の検察官に対する各供述調書

一  大蔵事務官作成の株式売買益調査書、支払利息調査書、借入諸費用調査書、有価証券取引税調査書

一  大蔵事務官作成の領置てん末書

一  検察事務官作成の捜査報告書

判示第一の事実について

一  押収してある昭和六一年分の所得税の確定申告書一袋(平成三年押第二三五号の1)、同六一年分所得税青色申告決算書一袋(同号の3)

判示第二の事実について

一  被告人の検察官に対する平成二年一二月六日付、同月七日付、同月一〇日付各供述調書

一  宮本仁、星野晴美(本文一四枚綴りのもの)、斉藤龍彦(本文二三枚綴りのもの)の検察官に対する各供述調書

一  大蔵事務官作成の株式投資信託売買益調査書

一  押収してある昭和六二年分の所得税の確定申告書一袋(前同号の2)、同六二年分所得税青色申告決算書一袋(同号の4)

(法令の適用)

被告人の判示各所為は、いずれも所得税法二三八条一項に該当するところ、いずれについても所定刑中懲役刑及び罰金刑を併科するとともに、情状により同条二項を適用し、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、懲役刑については同法四七条本文、一〇条により犯情の重い判示第二の罪の刑に法定の加重をし、罰金刑については同法四八条二項により罰金額を合算し、右加重した刑期及び合算した金額の各範囲内で被告人を懲役二年及び罰金二億三〇〇〇万円に処し、同法一八条により、右罰金を完納することができないときは金六〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

(量刑の理由)

本件は、被告人が、判示のように仕手筋の人物と知り合って株取引を大量に行うようになり、同人との直接取引などにより一挙に多額の株取引益を得ることとなったが、その所得を隠して二年分合計で約八億二八〇〇万円もの所得税を脱税した事案である。そして、その脱税額は、所得税法違反事件の中でも高額の中に入り、しかも、その脱税の元となった株取引による利益のうち仕手筋の人物との取引による分は、名は株式取引とはいえ、実質は同人の株扱いに便乗して多額の利益に預かったもので、中には株買い占めへの協力の見返り的性格のものもあり、健全なものとはいえないのである。ほ脱率も、各年度とも虚偽申告の上税金の還付を受けていることから、一〇〇パーセントを超えるものとなっている。脱税の動機は、経営する病院の改築や設備拡充の資金を得るためというのであり、実際にもそれに沿った支出がなされているのであるが、それも結局、個人的動機・利害に基づくものに過ぎず、特に酌むべきものには当たらない。その上、被告人は、昭和六二年分の所得税の申告に際して、公認会計士から真実の申告をするよう勧告されたにもかかわらず、親交のあった代議士が対処してくれるものと期待し、これを実践しなかったばかりか、さらに所得の秘匿をもくろんで、新たに他人名義の口座を開設して株取引を継続しており、脱税の犯意が必ずしも弱いものでなかったことを窺わせる。以上挙げた事情に照らすと、被告人の責任は重い。

一方、被告人は、査察調査が入った直後から全面的に自己の非を認めて、起訴前に修正申告をして脱税した本税や延滞税、加重算税の合計一一億九一三一万円余りと地方税合計二億二一七三万円余りを既に完納していること、捜査段階及び公判審理を通じて、被告人は後悔と深い反省の態度を表し、また母校の大学理事や医師会理事等を辞任するなどして、社会に対する謝罪の気持ちを示していること、被告人は、これまで地域住民への医療を始めとして、医療・医学研究に熱心な態度と奉仕の精神で臨み、地域社会等に貢献し、その人柄には多くの信望を得ていること、被告人が現在不安定な健康状態にあること、さらに家庭の状況など、酌むべき事情もある。

以上の各事情及びその他諸般の情状を考慮して、量刑した。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松浦繁 裁判官 伊東正髙 裁判官 渡邉英敬)

別紙一の1

修正損益計算書

〈省略〉

〈省略〉

別紙一の2

修正損益計算書

〈省略〉

〈省略〉

別紙二の1

脱税額計算書

〈省略〉

別紙二の2

脱税額計算書

〈省略〉

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